東京高等裁判所 平成4年(ラ)341号 決定 1992年9月28日
抗告人 島田信用金庫
右代表者理事 柴田三男
右代理人弁護士 小長井雅晴
相手方 大東産業株式会社
右代表者代表取締役 藁科晴氏
右代理人弁護士 原隆男
同 平出まや
同 五葉明徳
主文
原決定を取り消す。
理由
一 本件執行抗告の趣旨及び理由は、別紙執行抗告状と題する書面に記載のとおりである。
二 原決定がされるまでの経過は、一件記録によれば、次のとおりである。
1 別紙物件目録(以下「物件目録」という。)記載1ないし20の各物件(以下「本件財団外物件」という。)のうち1ないし12及び17ないし20の各物件並びに別紙工場財団目録(以下「財団目録」という。)土地の部記載の各土地及び建物の部記載の各建物(以下、一括して「本件財団土地建物」という。)は、もと株式会社興洋(以下「興洋」という。)が所有していた。本件財団外物件のうち、13ないし16の各物件は小松貫基の所有であった。
2 本件財団土地建物は、財団目録工作物の部記載の工作物、同目録機械器具の部記載の機械器具とともに、物件目録記載21の工場財団(以下「本件財団」という。)を組成し、興洋のために昭和五五年四月二五日受付第一〇四一七号をもって所有権保存登記がされた。
3 抗告人は、本件財団及び本件財団外物件につき、興洋を債務者とする別紙担保権目録記載のとおりの根抵当権を有していたが、平成二年五月三一日、右根抵当権に基づき、原審裁判所に不動産競売の申立て(同庁平成二年(ケ)第五四号)をし、同裁判所は同年六月一日競売開始決定をした。なお、本件財団外物件のうち1ないし12の各物件については、株式会社音藤商会が興洋に対する債権を被担保債権とする根抵当権に基づき申し立てた不動産競売手続(同庁平成元年(ケ)第一五六号)が既に先行していた。
原審裁判所は、平成三年二月二八日、本件財団及び本件財団外物件を一括売却に付し、その最低売却価格を一七億二五〇六万五〇〇〇円とする旨決定した。同裁判所が同日作成した物件明細書には、本件財団は現代建設株式会社(以下「現代建設」という。)の所有である旨、右財団を組成する本件財団土地建物のうち、財団目録土地の部記載13、20の各土地及び同目録建物の部記載7、8の各建物(以下、右の土地建物を一括して「本件物件」という。)は興洋の登記名義であり、本件物件以外の土地建物は現代建設の登記名義である旨記載されていた。同裁判所は、同年一〇月一六日から一週間と定めた期間入札を経て、同年一一月六日、二四億五〇〇〇万円の最高価で買受けの申出をした相手方に対し、売却許可決定をした。同決定は、同年一一月一四日確定し、相手方は、同年一二月一〇日、代金を納付した。
4 ところで、本件財団については、平成元年四月二〇日代物弁済を原因とする株式会社光建設(以下「光建設」という。)への所有権移転登記(同月二一日受付第八五三二号)、次いで同年四月二七日売買を原因とする現代建設への所有権移転登記(同年五月一日受付第九二五五号)がされた。また、本件財団土地建物中、本件物件を除く土地建物については、興洋から光建設を経て現代建設への所有権移転登記がされたが、本件物件についてはそのような所有権移転登記はされておらず、本件売却許可決定当時においても、興洋の所有名義のままに残されていた。
なお、興洋所有の本件財団外物件(物件目録記載の物件のうち17ないし20の各物件を除いたもの)については、平成元年四月二〇日代物弁済を原因とする光建設への所有権移転登記(同年四月二一日受付第八五三一号)、次いで同年四月二七日売買を原因とする現代建設への所有権移転登記(同月二八日受付第九一五八号)がされた。
5 右売却許可決定に基づき代金の納付がされた後の平成三年一二月一二日、原審裁判所書記官が、静岡地方法務局清水出張所に対し、本件財団及び本件財団外物件について相手方への所有権移転登記及び負担登記抹消の各登記を嘱託したところ、本件財団及び本件財団外物件については、右嘱託に沿った登記がされたものの、財団組成物件中の本件物件については、現代建設への所有権移転登記がされておらず、興洋名義のままであったため、不動産登記法四九条六号により相手方への移転登記をすることができないことが判明した。
6 原審裁判所は、前記のように本件物件について所有権移転登記が不可能な状態は、売却による不動産の移転を妨げる事情というべきであるとして、平成四年三月二五日、民事執行法一八八条、五三条を各準用して、相手方に対する売却許可決定を職権により取り消した。
6 なお、興洋は、平成二年四月七日、本件財団、本件物件を除く本件財団土地建物及び本件財団外物件(物件目録17ないし20の各物件を除く。)につき、光建設及び現代建設を被告として、前記各所有権移転登記抹消登記請求訴訟を東京地方裁判所に提起し、興洋から光建設への所有権移転登記は興洋の委任状を偽造してされたものであると主張していたが、平成三年一二月二日、興洋と光建設及び現代建設との間に、光建設及び現代建設は前記各物件について興洋の所有権を確認するとともに、前記所有権移転登記をいずれも抹消する旨の訴訟上の和解が成立した。
三 当裁判所の判断
1 工場抵当法の規定によれば、同法に基づく工場財団は工場財団登記簿に所有権保存登記をすることにより設定され(同法九条)、抵当権等の目的となるのであるが、同法の規定によれば、工場財団は一個の不動産とみなされ(同法一四条一項)、所有権保存登記後に組成物件を記載した工場財団目録は登記簿の一部とみなされ、その記載は登記とみなされる(同法三五条)ことにより公示されるほか、財団組成物件である土地建物については、その登記簿に財団組成物件である旨を記載すべきものとされている(三四条一項)。更に、工場財団を一括して譲渡することは格別、工場財団を組成する土地建物等につき、個別に譲渡その他の処分をすることは禁止される(同法一三条二項)のであって、これらの規定からすると、財団を組成する各種財産を包括的に把握し、その単一性を維持することにより財団の有する財産的価値の一体性を確保することが、同法の要請するところであると解される。
本件においては、本件財団、本件財団土地建物及び本件財団外物件の全部について抗告人のため根抵当権の設定登記がされており、本件財団外物件の一部について音藤商会のため根抵当権の設定登記がされているので、これら根抵当権者の各申立てに基づき開始された本件競売手続は適法であり、買受人である相手方は、以上の競売対象物件につき一括して売却許可決定を受け、その代金を納付したことにより、本件財団外物件、本件財団はもとより、財団を組成するものとして登記されたすべての物件(本件物件を含む。)につき、その所有権を取得したものということができる。本件競売の対象となった本件財団、本件財団土地建物、本件財団外物件の所有権が興洋から光建設を経て現代建設に移転されていたとしても、それは、抗告人及び音藤商会の根抵当権設定登記の後にされたものであって、光建設及び現代建設は根抵当権設定後の第三取得者に該当するから、抗告人らに対し右所有権移転をもって対抗しえないというほかはない。
もっとも、本件財団土地建物の一部である本件物件については、裁判所の嘱託による相手方への所有権移転登記ができないという状況にあるが、それは、光建設及び現代建設への本件財団の所有権移転に伴い、本件財団土地建物についても個別に各所有権移転登記を申請するに当たり、たまたま本件物件を登記の目的物件から落としたため、所有権の登記名義が興洋に残っていたからにすぎず、相手方による所有権取得の効果は、このような登記手続上の要件不備によっては何ら妨げられるものではないというべきである。
民事執行法一八八条によって準用される同法五三条は、不動産の滅失その他売却による不動産の移転を妨げる事情が明らかとなったときは、執行裁判所は強制競売の手続を取り消さなければならない旨規定し、売却許可決定は右競売手続に含まれるものと解されるところ、同条は、不動産が物理的に滅失し又は法律上これと同視しうる場合のほか、法律上の障害により不動産の権利移転ができない事情が明らかとなった場合に適用されるものである。本件においては、前示のとおり、本件物件を含めて本件財団の所有権は既に実体法上有効に買受人である相手方に移転しているのであって、それにもかかわらず、同条の適用があるものと解すべき事情は見当たらない。
また、本件記録を精査しても、原審裁判所がした相手方に対する売却許可決定に違法はなく、民事執行法七一条の売却不許可事由の存在も認められない。
2 本件物件につき、裁判所の嘱託によっては相手方への所有権移転登記ができない点については、登記簿の記載を権利移転の実態に合致させるため、相手方において別途登記上の所有名義人である興洋等の関係人と協議するなどして本件物件の所有権移転登記を取得する必要があるが、仮に関係人の任意の協力が得られず訴訟提起に至るとしても、それほど複雑困難な問題があるとはみられず、解決に長期間を要するとも思われないので、嘱託によって所有権移転登記ができないからといって、それが同法五三条にいう所有権移転を妨げる事情に当たるものと解しなければならないとはいい難い(相手方が所有権移転登記を訴求するとした場合においては、興洋と光建設及び現代建設との間に成立した前記(二7)の訴訟上の和解によると、本件財団が興洋の所有に属することが確認されており、したがって本件物件の所有権についても同旨の確認が右当事者間でされたものと解されるので、相手方は、直接前者である興洋に対し、本件物件の所有権に基づく移転登記請求権を行使しうるものと考えられる。)。
もっとも、本件物件のうち財団目録土地の部記載13の土地は、本件財団の実体を構成する工場の敷地のほぼ中央に位置しているので、右土地につき所有権移転登記ができないときは、本件財団全体につき譲渡その他の処分が事実上不可能となり、相手方において買受けの目的を達成できなくなる虞れがあることは、原決定指摘のとおりである。しかし、右土地を含む本件物件の登記簿上の所有名義が興洋にあることは、抗告人による競売申立ての時点以降、競売申立書とこれに添付の登記簿謄本及び原審裁判所に備置きの物件明細書の写しに明示されていたのであり、また、本件物件の所在位置・形状・周辺の概況等は、同裁判所に備置きの現況調査報告書及び評価書の写しにより明らかであったから、本件財団土地建物中の一部である本件物件の位置状況、及びその登記簿上の所有名義が財団土地建物の他の物件のそれと齟齬していることについては、一般買受申出人が買受申出をするに当たって当然に認識しえたものであり、検討熟慮すべき事項であったものである。そうすると、買受申出人において右各書類の検討を怠り、これらの事情に気付かないまま買受の申出をし、代金納付後になって初めてその事情を知ったとしても、相手方において、それが権利の瑕疵に当たるとして契約解除又は代金減額請求権の行使(民法五六八条の準用)の可能性を検討することは格別、原審裁判所において売却許可決定を取り消すべき場合に当たると解すべきかは疑問であり、売却申出後天災その他自己の責めに帰することができない事由により不動産が損傷した場合における買受人からの売却取消しの申出を、代金納付の時までに限って認めた民事執行法七五条の法意に照らしても、そのように解することは困難であるといわざるをえない。
四 よって、本件執行抗告は理由があり、これと異なる原決定は相当でないからこれを取り消すこととして、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 伊東すみ子 裁判官 宗方武 水谷正俊)
<以下省略>